辺口芳典 Yoshinori Henguchi

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顔は知らない

押し入れの中に
イカスミが浮かんでいる。
結果的に父が最も愛したのは
植物人間となって口をきかなくなった母だった
というストーリーは
私を驚かせてくれる。
父と母の間を「何か」が走り抜ける。
父と母の間を走り抜ける「何か」の正体がイカスミであることを
私は知っている。
父と母の間を走り抜けたイカスミが
押し入れの中に帰っていくのを眺めていた。
押し入れの中にイカスミが浮かんでいることを 私は知っている。

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