大切な人
「どうやって生きているの?」と言う
男の声が聞こえた。
都市とは呼べないほどの小さな街で聞こえた。
大病や事故に巻き込まれることなく男は生きていた。
口ごもり、言い淀みながら、
追いつめられるように男は生きていた。
「ビニール袋が空を舞っている光景は、
あなたが生きていることよりも重要な出来事に見える」と言う
女の声が聞こえた。
取りこぼして、落ちこぼれて、
ほどほどに働いて女は生きていた。
ただでさえユウウツなのに、
その上、もっと空しい気持ちにしてくれという願望を持って、
男と女は生きていた。
未来が明るくないと知りながら、
男と女は曇りのない笑顔を見せることがあった。
どうでもいいことばかりが美しかった。
家族が死んだときには、男と女は思う存分、家族の骨を拾った。
男と女は、コーヒーを飲むだけでも贅沢な気分になれる店を知っていた。
窓の外を流れる風景と音楽がひとつになる快感を知っていた。